くらしに、ひと呼吸

口と指しゃぶり 

口は人の体で一番敏感赤ちゃんは、お腹の中で指しゃぶりの練習をしています

人間の触覚が一番強い場所は、なんと口です。生まれて5分もしない赤ちゃんがお母さんの胸に抱かれると口で探って乳首に吸い付きます。それができるのは、お母さんのお腹の中で指しゃぶりを練習しているからです。妊娠5ヵ月で顔のどこかに胎盤の出っ張りが触れるとそこをチュパチュパ吸っています。自分の手が顔に触れるとその指を吸うのです(写真左:親指を吸っている胎児)。妊娠6ヵ月になると今度は羊水を飲み始めます。羊水は赤ちゃんの古くなった皮膚などで汚れていますが、赤ちゃんはそれを飲んでおしっこを出して羊水の浄化に努めているという仕掛けです。観察によるとお母さんが食事をするときによく飲み込んでいるようです。お腹の内と外で食事のお相伴とは素敵ですね。つまり、胎内での指しゃぶりや羊水飲みは、出生直後から母乳を飲むためのリハーサルをしていたのでした。

口で科学する赤ちゃん

一人の赤ちゃんが育つあいだ、おっぱいに吸い付く回数はおよそ2000回です。飲む度に柔らかく温かい乳房に触れ、空腹を満たし、その繰り返しが「周りは優しいなぁ」という基本的信頼と、「生きてるっていいなぁ」という自己肯定感を育てます。口が一番敏感なので、おばあちゃんがオモチャのガラガラをプレゼントしても最初はガラガラ遊びはしてくれません。まず、ベロベロとなめます。しばらくすると手を離しポッと落とします。なめても美味しくないからです。なんと、食べものか食べものでないかの分類を始めました。分類は科学の始まりと言われますが赤ちゃんは口で世の中を知っていきます。

指しゃぶりをとがめないで

出生からしばらくすると指しゃぶりが始まります。つまらないときに、敏感な口で敏感な指をしゃぶると、たくさんの心地よい刺激を受けて心が安定します。その上、しゃぶると「これって何だぁ?え、これって自分なんだ!」と自己の身体を自覚します。自我の芽ばえです。今日は一本だったのが明日は二本指をしゃぶり、気が付けばげんこつ丸ごとが入っていることも。敏感な口にいきなり離乳食が入って「オエッ」とならないように馴れる練習までしているから驚きです。このように育つ必要から指しゃぶりをしているのですから、とがめないでください。「指、抜きなさい!!」と叱ったりすると「お母ちゃんはボクが嫌いなのかなぁ」と不安になり、心の安定を求めてかえって指しゃぶりに固執してしまう場合があるからです。

歯学博士
尚絅学院大学名誉教授
岩倉 政城

東京歯科大学卒業、東京医科歯科大学大学院修了、東北大学助教授、尚絅学院大学教 授、尚絅学院大学附属幼稚園長を経て現在に至る。 現、尚絅学院大学名誉教授、歯学博士。

歯学博士<br>尚絅学院大学名誉教授<br>岩倉 政城先生