今月のテーマ③言葉の力、生きる力 ~困難を希望に変える言葉~
それでも、イエスと言う
皆さんは、『夜と霧』という本をご存じでしょうか。精神科医のヴィクトール・E・フランクルが、ユダヤ人である自らの強制収容所体験を著した本であり、「収容所生活という過酷な運命下でも人間らしく生きた人がいた」ということを伝えています。
フランクルは、「人間は、あらゆること(困難や災禍など)にもかかわらず、人生にイエスと言うことができる」と言います。彼は、避けることのできない絶望的な状況を体験した人の、「それでも人生にイエスと言う」態度に大きな価値を見出し、それを「英雄的態度」と評し称え、どのような状況下でも人間らしく生きることを最後まで手放さなかった人々を「英雄」と呼びました。
多くの英雄たち
このフランクルの思想に出会った数年後に起こった東日本大震災。その被災の地で、私は多くの英雄たちと出会いました。
「いちごは流されても、気持ちは流されていないから」という農家の方の言葉は、自分をとりまく環境がどんなに変わっても、自分が成してきたことや持ち続けてきた誇りは決してなくならないことを証明してくれます。
また、「今、目の前に起こっていることが、私の人生」との言葉を残したのは、社殿から自宅に至るまでの全てが流出した神社の宮司さん。自分の思い描いていた現実と違うことが起きたと悲嘆に暮れるのではなく、今この時に真摯に向き合い、前を向くことの大切さを教えてくれました。
未来をひらく言葉
沿岸の町で被災した4歳の男の子の言葉も忘れられません。その子は母親に、自分には‘壊れた故郷がある’と言ったのだそうです。のちに母親は、「その言葉は、故郷が消えてなくなってしまったと思っていた自分を一瞬にして救いました」と振り返っています。
「ない」ではなく、「ある」に向くまなざし。4歳の子どもの中にもある英雄的態度。未来をひらく力やその可能性を見せてくれています。
東日本大震災から14年。被災の地で出会った困難の中に希望を見出す言葉は、未来への力強いメッセージともいえます。その希望の言葉を、これから語り継いでいきたいと思います。
フリーアナウンサー・朗読家 渡辺祥子(わたなべしょうこ)
1991年フリーアナウンサーとして独立。98年より朗読家としての活動を開始するとともに、「言葉の力・生きる力」をテーマとした講演や執筆にも取り組む。著書に『3.11からのことづて』(TOブックス)、『困難を希望に変える力』(3.11を語りつぐ会)、朗読CDに「Brilliant Life」(グロリア・アーツ)。情報誌『りらく』編集長、障がい者の就労をサポートするNPO法人「ほっぷの森」副理事長も務める。
